白衣の独り言

良いことも悪いことも、人生には必要みたい。それでもやっぱりできるだけ、悪いことは少なめであって欲しいから、みんな頑張っているんだね。

2007年5月20日日曜日

むなしさ

 今回は本当に、暗いお話です。ごめんなさい。





 ある患者さんが亡くなりました。

 

 

 癌があり、色々なところに転移していて、余命もあとわずかと言われていました。それでも患者さんの意識ははっきりしていて、奥さんと色々な会話をしていました。

 血液データが悪くなり、自宅へ帰るチャンスはもうこれが最後、と外泊の日取りを決め。

 そんな矢先でした。





 昼間は普通に話していたのに、夕方になりSaO2が下がり始め、朦朧としマスクを嫌がって外すようになり、さらにSaO2は下がるという悪循環。奥さんはそれを見ていられず、何度もナースコールを押す。看護師が傍に来て口元にマスクを当てても、嫌がって跳ね除けてしまう。



 今日、もちますか? 明日は?

 真夜中、付き添った奥さんに聞かれて、思わず言葉に詰まる。

 この状態では確かに数日もたない。でも今日明日の状態を、私の口では約束できない。

 何があってもおかしくない状態。けれど何もないかもしれない。



 奥さんが電話をし、家族が来ることになった。

 とにかく患者さんを少し落ち着かせるために、安定剤を使うことを促すけれど、その家族が来るまではと言われる。

 夜中に車を飛ばしてきたその家族は、医師がいないことに怒り、怒鳴る。

 オンコールの医師に来てもらい、泣いている奥さんと家族に病状説明をする。



 ついこの間、あと数ヶ月は大丈夫と言われたのに。こんな状態になるなんて。

 こんなことなら。もっと前に、外泊の話を出してくれていたら。

 あの苦しそうな姿を、もう見ていることができない。

 もう、楽にさせてあげたい。



 それでも、医療者が患者さんの死期を早めることはきない。モルヒネを使えば、呼吸抑制を促す。鎮痛に使うことはできても、苦しそうだからという鎮静の意味で使うことはできない。酸素マスクをすればSaO2は90台後半までとれて、血圧もまだ安定している。今日は安定剤を使い、マスクを外すことを避けましょう。

 医師はそう伝える。



 安定剤が投与される。それでも患者さんはなんとかマスクを取ろうとする。もう縛ってください、家族が言い、抑制をする。

 けれど一生懸命患者さんは動く。そのたびに奥さんが手を握る。

 奥さんに少し休むように言っても、どうしても傍にいたいという。

 もう一人の家族は途中で帰り、奥さん一人が個室の中で患者さんのからだをさする。他の患者さんに呼ばれながら、私もできるだけ奥さんと一緒に患者さんに触れ、奥さんと会話を交わす。

 奥さんは一睡もしていない。

 ずっと患者さんに話しかけている。



 徐々に血圧が低下し、指示で昇圧剤が開始される。心拍が次第に下がり、下顎呼吸になっていく。

 

 アプニア。



 アレスト。





 奥さんはずっと泣いていた。夜だったので主治医ではなく当直医が確認をし、他の家族に連絡をするよう言われても、指が震え電話もかけられず、放心状態で、ロビーの椅子に座り込んでいた。

 エンゼルケアが終わり、お顔を見て、奥さんは両手で患者さんの頬を包んで、泣きながら言った。



「お疲れさま。長引かせて、ごめんね。本当に、良く頑張りました。ありがとうね」





 主治医が来て、奥さんに説明をしたいと言った。

 奥さんは「会いたくない」と、ロビーに座ったままだった。



 せめて予後を言われていなければ。昨日は優しく笑ってくれていたのに。数ヶ月がこんなに早くなるなんて。医者は嘘を付く。酷い。



 けれど本当は、主治医からの病状説明で何度も話していた。最近のデータが悪く、本当に危ないかもしれないこと。DNRのこともきちんと確認していた。

 でも彼女は泣きながら言う。



 病院に来て苦しむなんて。



 何が言えるだろう? 

 でもきちんと先生に急変の可能性も説明を受けていたでしょう、なんて。そんなこと、言えるわけがない。

 彼女の口からどんどん病院や医師への感情が流れ出る。私はただ頷いて、聞く。肯定もできないけど、否定もできない。そうなんですか、としか、言えない。

 彼女が感じたことが事実だろうが事実じゃなかろうが、彼女はそう感じてしまったんだ。



 でも私はスタッフ皆が一生懸命なのを知っている。

 どんどん具合の悪くなる患者さんを、なんとかして少しでも良い状態へ近づけようと。皆でカンファレンスをして、一日でも自宅で過ごせるように色んな手配をして。

 でも、

 一晩中、患者さんの苦しむ姿を見て、彼女の悲しみも間近で見て。

 奥さんの憤りを受けて、それを誰かに渡すことができない。











 帰り際、お迎えを待っている患者さんと奥さんに挨拶をしに個室へ顔を出した。家族の方達が大勢いる中で、頭を下げると「ああ、どうも」と彼女に言われた。

 お葬儀屋さんは家の近くでと、彼女は家族の方に話している。

 強さなのか、強いふりなのか。あんなに泣いたのを、微塵も見せない凛とした顔で。





 一晩。
私は何をしたんだろう? 









 なんだかちょっと、いろんなことで、少し元気をなくしてしまいました。

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